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第24回政策・情報学生交流会開催!
会うチカラ 
2006.01.28.Sat / 15:08 
打倒・ミスキャン!と果たしてなるか…
==

最近はシャワーの合理化をするのが趣味な、takです。
こんにちは。

僕の場合、シャワー中にすることって、

体洗う
シャンプー
リンスorコンディショナー
洗顔
歯磨き

今までは何も考えずにやっていました。
でも最近は、例えばリンスは最低でも3,4分そのままにしておくのが理想らしいからその間に歯磨きをすると時間が短縮されるし、効果もアップ!あるいは洗顔も少しおいとくのがいいから、その間にストレッチをしたり、となかなかアクティブなことをしてます。

是非みなさんも色々改善してみてください。

くれぐれも石鹸で滑らないように。



今回は今日読み途中の本にちなんだこと。
3月上旬に開催されるイベントで、インターネット・コミュニティを題材とした分科会を開くので、そのための勉強中というわけ。

というわけで、その助言をもらうため(?)に5日くらい前に別の学部のS先生をお邪魔して、次の日にいつもお世話になっているH先生のところを訪ねてみた。うん、やっぱり先生の研究室を訪ねてナンボだな、と思う。

主に今のインターネットのコミュニケーションがいかにして成り立っているのかを話したんだけれども、話せば話すほどインターネットを介したコミュニケーションの奥深さに関心してしまったね。

浅はかな知識ながらここに書いてしまうけれども、一番の疑問は、「対人コミュニケーションと電子メディアコミュニケーションの違い」ってこと。ブログもSNSもそうだけれども、いまやコミュニケーションをする場合、面と向かい合って話すのと、電子メディア(電話、ネット、メールなど)を使って話すのではどう違うのかが見えにくい。「見えにくい」というのは、電子メディアのみでのコミュニケーションが成り立っているということに対する疑問でもある。

例えば、インターネットにおけるコミュニケーションはテキストベースで進められる。これは対人コミュニケーションに含まれるたくさんの要素をそぎ落とした形。それでもコミュニケーションは成り立っている。もちろん顔文字やアバターをはじめとした様々なリテラシーがあるけど、それを考えても今、こうしてコミュニケーションが成り立っていることが不思議でならない。

百歩譲ったとして、電子メディアだけでもコミュニケーションが十分成り立つとする。そうなると今度は対人コミュニケーションが持つ優位性を知る必要が出てくる。なぜならば、対人コミュニケーションの方がコストがかかるため、それに見合うだけの優位性を証明する必要が出てくるから。では、それは一体なんだろうか。

H先生は、こんなことを言った。
「今は放送大学や早稲田大学、あるいはNHKの教育番組などでは、画面上で講義をしているが、有名な先生がやっているだけあって、非常に分かりやすく面白い。また、画面上でやる講義で使われる素材はどれもいいものばかりだ。はっきりいって、普通に大学で行われている講義と比べても見劣りするどころか、勝っている。
そうなると、我々が大学でやる講義がこれらに勝っている部分を見出さなくてはならない。君達は毎日寒い中を必死で登校してくるわけだけれども、そのコストに見合うだけのクオリティがなければ君たちは家で画面講義をしているほうがよっぽどいいことになる。」

大学で行われる講義というコミュニケーションは、主に一方向的である。もしも打開を図るとすればこの点だろうか。
それにしても先生の言ったこの言葉に対する否定意見が思い浮かばなかったよ。

今思うと、リアリティの差が心理に何かしら影響するかもなぁ位しか思いつかない。つまり、対面コミュニケーションと電子メディアコミュニケーションの境界はリアリティの差であるから、その認識差による人間の心理への影響。

ただ、画面講義の方が大学の講義よりも圧倒的にクオリティが高い中で、その影響がそれを越えるかは不明。



ちなみに僕は、大学受験のときにサテライトの塾に行ってました。
毎日のようにテレビ画面を見ながらの授業だったけれども、高校の授業とは比べ物にならないくらい分かりやすかったのを記憶してる。はっきりいって、高校の授業が持つ優位性を考えない位まで差があった。

予備校のサテライトやってた人あたりがどう思うのかが知りたいとこだね。




”会うチカラ”



これが持つ強さをイマイチ言葉で説明できん。
別なアプローチから考える必要があるのかな。


ちなみに、今度ブロガー同士の飲み会をやるけれども、これは純粋に「会ってみたい」という欲求だったりします。

うん。
その欲求が持つチカラを知りたいんだ。

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臨場感。じゃない?
やっぱり、”リアル”っていいよv-218
その後、直接先生を訪ねて話してみていい刺激を得られるし!
今回、.takさんが実際に研究室に足を運んでみて、リアルの素晴らしさを実感されたんじゃないですか?

あぽ
うん、そうなんだよね。
あとは、その臨場感にどこまでコストをかけるものなのかが知りたいところ。

たとえば、イーオンでやっているような、テレビ電話で先生と1対1の個別授業と、普通の個別授業の差というのは、どのくらいだろう。
この場合、前者は分からなかったところはすぐに先生に質問できるし、リアルで研究室に行って質問するよりも敷居が低くて、コストもかからない。

”授業”のような目的的なものがあるコミュニケーションにおいては、もしかしたらリアルの価値というものは限りなく少ないかもと思う。

何気なく会話するようなコミュニケーションはまた話が別になるけど。

いぬやきが、ジャパンでくらい必要とか行われている
ネットとかキャンペーンなどを打倒したかった。



.takさん
でも、あたしは媒体を通した
リアル(”授業”のような目的的なものがあるコミュニケーション)なんて
イヤだよe-263
実態がつかめなさそうだし。
コスト云々よりも、アナログだからこそできることっていっぱいあるんじゃないかな~
e疲労にはこりごりだv-12

訪問有難うございます
そこへいって学ぶということに意義があるのでは。
確かに楽ではあるでしょうが、
周りに同じ酔うな学生がいて、なんて経験もう出来ませんから。
でも、いつかそう世界になってしまうのでしょうが。

apo

その「実態がつかめない」「e疲労」といったやつが恐らく電子メディアを通さない一部のメディア・コミュニケーションのメリットかもね。

でも、目的的なコミュニケーションは世の中にはたくさん溢れていて、それのコスト(手間)を省けると思うと、誰もが利用すると思うんだけどね。

携帯電話のメールなんて、そのほとんどは目的的コミュニケーションじゃないかな。「レポートいつまでだっけ?」「明日何時集合?」「ごめん、遅刻しそうだ!」とか。もし携帯電話がないと考えると、それに応じたコストは計り知れない。

ようは電子メディアを通したコミュニケーションが、即、実態のつかめない仮想世界となるわけじゃなく、どのように現実世界と仮想世界がマッチングしているかが焦点かも。

携帯電話と画面講義の二つの目的的コミュニケーションの違いは、おそらくそこだと思います。

chaiさん

コメントありがとうございます。

もし、パソコンの前で受講しながら、他のモニタには別の学生が映し出されていて、視覚的に同じ講義を受けているという疑似環境を作り出したとしても、リアルに一緒に講義を受けるというリアリティとは次元が違いそうですね。

かくいう僕も、一人で勉強するよりも、アカの他人でもなんでも誰でもいいので近くに勉強している方がいると、集中できます。

トリートメントや、コンディショナーはつけおきすべきだけど、リンスはやっても意味ないらしいですよ~。

有未さん

ぇ!
そうだったのか。。

どうやら効率化作戦が逆効果になったみたいですね。有益な情報をありがとうです。

長々と失礼します。
おもしろいテーマですよね。わたしも電子メディアのみのコミュニケーションに最近興味があります。というのも、友人(いたって普通の社会人)が、「ネットの」友達と最近仲が良い、という話をしていたからです。

この話を聞いたとき、それは友達なのか?と真っ先に思いました。テキストのみでそこまで関係が発達するのがとても不思議です。

大学の講義は確かに一方向的ですよね。授業料に見合う講義を全ての教授がしているわけではないし。

授業の質はさておき、電子メディアに対する対面での講義の良いところは、同じ講義に関わることによって人とつながり(弱い、あるいは強い仲間意識)、それを実感できることだと思います。

別に話をしなくても、一方向的でも、講義に関わっている人には私が見えているし、私には講義に関わっている人が見える。お互い見えてることによって仲間の存在を確認でき、安心するのではないかと。

こう考えると、大学で講義を受ける目的が単純に勉強のみではないような気もします。コミュニケーションを求めているのかもしれません。

もちろん、こんなことを意識しながら講義を受けたことはないですが(笑)

リアルかリアルじゃないかの線引きは難しいですね。
電子メディアのみのコミュニケーションも、特定の人と毎日やってたらリアルになるのかもしれない。。
今のところ、その人によりけり、としか言い様がないです。


>>.takさん
確かに。実態がつかめない、ナマじゃないからラクってのはありますなi-190
現代人ならその恩恵は誰もが被ってるし。
メールとかって、一種冷凍食品みたいですよねv-376
あたしは学校に行く目的は講義ではなく、友人に会いに行っているような気がしますv-206
引きこもって、外出せずに、ネットワークを通じたコミュニケーションの方が環境的にはよっぽどクリーン、ローコストなんでしょうがe-255…。

きぬかさん

コメントありがとうございます。
おそらく、目的的なコミュニケーションといえど、その土台には他者へのつながり意識、集団への帰属意識などといったコミュニケーション意識が潜在的に働いていると思いました。

>リアルかリアルじゃないかの線引きは難しいですね。

確かに。本当に人それぞれのような気がします。
僕の場合は、ネット上でのコミュニケーションは何か”幻想的”な感覚が常につきまといます。会話をしていても、何か人間ではない人と会話しているような感覚に陥るときもあります。そういった”幻想的”なものはネット特有かな、と思います。


あぽ

講義に行くといっても、それ自体がもうすでに対人コミュニケーションのきっかけとして潜在的に処理されているかもしれないね。

どっちがいいとかではないんだけれども、講義がちゃんとした目的として確立されているのならば、家の中といわず大学の図書館かどっかでビデオ学習したほうがいいかも。それも電子メディアコミュニケーションだし。

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    "常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである"

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