| 2冊目:科学の方法 中谷 宇吉郎 | ||||
| 2006.04.27.Thu / 23:52 | ||||
−科学とは何なのか。 現代の科学技術社会にとって、この問いは非常に大切なものとなる。 私たちは、ときに科学に対し絶対的な価値を求めがちだ。 「DNA鑑定により、本人であることがほぼ間違いないことが分かった。」 「アスベストが癌発病などと因果関係であることことはほぼ間違いないのではないか。」 巷では、科学があたかもそこに絶対的真実を映す鏡のような扱いをされるが、科学もまたひとつの見方だということを忘れてはいけない。科学は絶対的ではなく、あくまでひとつの見方である。社会は常に何らかの基準を必要としており、それが”今は科学である”、だけではないのだろうか。もう一度この長い人類の歴史を振り返ってみてほしい。科学が世の中のおおまかな基準になったのなんて、ほんの数世紀前からだ。いつまで続くかも分からない。 さて、本書はその現代人の科学観を危惧し、再度科学を見つめてもらうための本といえる。1958年に刊行されたにも関わらず、2000年を超えた今現在でも56刷を超えるベストセラーとなっている名書だ。 50年も経過した今でも刷っているということは、言い換えれば50年もずっと常に必要とされてきた証拠である。50年というと日本が終戦してからの軌跡とほぼ等しい。日本はそれでこそ今や科学技術大国となったが、その成長の影で常に現代人に対し、その科学観を見守ってきたのだろう。 科学でできることは何か? 科学でできないことは何か? 科学の本質とは何か? ときに私は文系の大学生だが、それも影響してか科学に対し何か絶対的なものを期待してしまう時がある。テレビ番組の推理番組にしても、DNA鑑定や筆跡鑑定は100%であると思っているし、科学を使えば少なくとも社会学でやるような真理よりも何か絶対的なものにたどり着けると信じてしまう時がある。 もちろん実際に科学はそう思わせるくらい、我々を豊かにしたのだが(少なくとも物理的には)、それに対し常に正しい目を持つことは大切だ。 この本では常に、「科学が進歩するにつれて、世の中が解明されていくとは思ってはならない」ということを強調している。今日の科学の進歩は、いろいろな自然現象のなかから、今日の科学に適した問題を抜き出して、それを解決しているとみたほうが妥当である。 例えば、科学の世界ではたくさんの法則があるが、これはあくまで人間がつくったものであり、使うのも人間であることを理解しておく必要がある。何が言いたいのかというと、法則はけっして世の中を解明した結果ではなく、人間が見た世の中の中で広く適用されるもの、それが法則であって、また、人間にとって使いやすいものであるということを知っておかなければならない。 法則はHOWを説明するものであって、WHYが抜けているものがほとんどだ。 例えば、万有引力で有名なニュートンの法則があるが、これは非常に多くの分野で使われている考え方である。それほどこの法則の適用範囲は広い。しかしながら、”なぜそうなっているのか?”という疑問には答えることはできない。なぜなら物理はそれを必要としないからだ。むしろ、WHYとは社会学系が得意とするところで、様々な宇宙論が出ていることからもそれが伺える。 ただ、これらのことは科学が使える範囲、使えない範囲を知っていれば出ることもない疑問かもしれない。最近、複雑系科学の本を読めば読むほど、私は科学に絶対的なものを期待してしまうが、こういった人ほど、なるほど科学の限界というものを知らない。 問題なのは科学ではなく、常にそれを使う人間側にあるということは肝に銘じておかねばならない。一歩間違えば50年前のような出来事が繰り返されてしまう。 誰にでもおすすめできる本です。 ▼重要なキーワード 科学の基本は統計的手法 かたちに対する科学 測度の精度の限界 要素と全体 科学とは「自然と人間との協同作品」 ==== よければ、応援クリック!!よろしくおねがいします。 記事の評価もいただければ幸いです。 ![]() ![]()
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